ファクトリーオートメーション(FA)総合メーカである株式会社キーエンス。営業利益率40-50%を10年以上維持し、社員の平均年収は1,800万(2020年)と、驚異的な高収益企業として有名です。その高業績は「ファブレスだから」で語られることが多いですが、ファブレスでも高業績ではないメーカーは多くあります。キーエンスは何が違うのでしょうか?
この記事は、わたし小野が、さまざまな書籍や雑誌記事を参考に書いたものです。わたし自身は、キーエンスとの接点はありません。ですので、「キーエンスを良く知る人間が書いた記事」ではなく、キーエンスの「外側にでてくる情報を見るかぎり」、このあたりが高業績のポイントなのかな?と思うことを、私目線で分析した記事です。参考にした雑誌には古いものもあり、現在の情報は異なっていると思います。
キーエンスを理解するキーワード
キーエンスが行なっている活動を、ざっとまとめると次のようになります。まず、左側の戦略の部分ですが、顧客の生産ラインを「一つのシステム」として見て改善提案を行います。キーエンスの製品はその中のごく一部であっても、「その他は知りません」ではありません。
他社のセンサー関連製品なども、勉強されています。キーエンスの営業は、週に3・4回、社内で「技術勉強会」があるほどで、非常に技術への知識が求められます。それは、「顧客の生産ラインを一つのシステム」と捉えているからです。
「生産ラインを一つのシステム」として捉えた改善提案というと、「個別カスタマイズ」で対応と考えがちですよね?顧客ごとにニーズは異なりますので、顧客ニーズに応えようと思うと、カスタマイズして受注生産、ということは一般的にすぐに思いつくことです。
でも、キーエンスの戦略の根幹にあるのは、ここだと思うのですが、「受注生産ではなく、マス・カスタマイゼーションで解決する」です。
一つずつ、キーワードを見ていきましょう。
マス・カスタマイゼーション
マス・カスタマイゼーションとは、自働車産業では、「マスプロダクション(大量生産)とカスタマイゼーション(個別設計)を組み合わせた考え方」と言われます。キーエンスで言う「マス・カスタマイゼーション」とは、個別のニーズを集めて、マスの製品に昇華(製品として市場投入)させて解決することです。
例えば、A社の生産ラインで、課題Xについて困っていたとします。そこで、既存製品をカスタマイズしたり、A社向けにXを解決できる装置をオリジナルで製造すると「カスタムメイド」になります。金額は高額になります。これは、ものづくりの法則でもありますが、「原価が高い」と「効果が高い」の関連性よりも、「製造数」の方が原価への影響が大きいわけです。
なぜ製造数が少ないのでしょうか?必要とする会社がこの場合、1社しかないからです。
ではここで、「他のB社もXに困っているし、C社では、Xそのものではないけれど、Xに近いことで困っている」ことが分かったらどうでしょうか。
3社に対して販売できれば、1社専用に開発するよりも、ずっと販売価格が低く押さえられるわけです。まぁ、それはそうだよね、ということですが、ここって、重要なポイントだと思います。つまり、「販売価格」と「顧客価値」には、あまり関連性がないのが、BtoBものづくり企業だと思うからです。
それよりも製造数が影響する。
BtoB向けの「製品」は、BtoCに比べるともともと製造数少ないので、売価が高くなりがちですよね。しかしキーエンスの顧客の90%は、「中小企業」なのです。日本企業の99%は中小企業ですから「中小企業ターゲット」は量を販売するためには良いアイデアです。しかし、1社1社のカスタムメイドでは、とても高価で購入者数は減ってしまい、結局製造数を増やせない=販売価格が高いという罠から抜け出せません。
また、Xだけのソリューションを持つ装置では3社しか見込み客がいなければ、他にZでも困っている企業に販売できるよう、「X+Z」を解決できる装置を企画・製造することで、販売見込み数を増やすことができます。
キーエンスが、製品企画のデータ活用で行なっていることは、まさにこういうことだろうと思われます。ここには、2つのメリットがあります。
1.需要数が予測できる
2.業界初の機能を付加してオンリーワン製品として市場に投入できる
これにより、利益率が高い製品でも、「それを利用する顧客は、装置を支払う金額以上の利益を享受できる」製品設計が可能になります。まさにWin-winです。
発売する製品の70%は「業界初」
このように、どの顧客が、どのような課題で困っているかを、キーエンスは知っています。なぜ知っているかというと、「営業が聞いてくる」からです。聞いてくるだけではありません、キーエンスの営業はコンサルティング営業と呼ばれ、顧客の現場で「本人たちも気づいていないお困りごと」を発見できるよう教育されています。
その課題がデータベースに保存され、「どの課題を解決する製品を出せば、どの程度の数の会社に販売できそうか」予測できます。課題解決とは、世の中に出すのが早すぎても売れませんし、遅すぎたら価格競争になります。この発売タイミングもまた絶妙なのだと考えています。つまり、各課題の解決へ要求度(お金を払ってでも、その課題を解決したいと思うか)が、見えるようになっています。
これはつまり「顧客の中にある潜在ニーズを、製品を使って顕在化する」ということです。
製品をリリースするときに、基本的には「業界初」であることが求められます。
「業界初」であれば、付加価値を乗せやすいという面もありますが、「客が欲しいというモノを作るな」「欲しいと言われる前に出せ」というのがキーエンスの文化でもあります。
世の中にあるものと同じものを作るのでは、顧客が気づいていない課題を解決したことになりませんから、「業界初」という冠を被せられるまで、製品企画部は検討を要求されます。製品企画段階で利益率80%になるまでブラッシュアップを求められます。
営業と技術が一緒に行動する組織営業と技術が一緒に行動する組織営業と技術が一緒に行動する組織
このようにキーエンスの活動は「顧客の潜在ニーズの把握」から始まり、データ収集が欠かせませんが、どのようにしたら、そんなに多くのデータが集まるのでしょうか。
そこには、組織としての工夫があります。販売促進チームが営業と技術の混合チームとなっていることが特徴で、顧客ヒアリングを行い、販売促進の中の技術担当が商品企画部に提案を行い、開発部が製品化して営業が提案を行うという流れになります。
このビジネスプロセスを可能にするためのKPIが設定されています。組織に対する考察は次回に続きます。
顧客の欲しいものは作らない
ソリューション営業という言葉があります。これは、お客様が持つ「課題」を解決する提案を行って受注獲得を目指す営業スタイルです。「課題」には、お客様が気づいている課題と、お客様が気づいていない課題があります。
ソリューション営業と言うとき、お客様が言葉にする「課題」の解決だけを目指すのか、その裏側にある「真の課題」までを解決しようとするか、この言葉を使う人によって異なります。
キーエンスには、「顧客の欲しいというモノは作らない」という文化があります。それは、顧客が欲しいと言う言葉どおりの製品を作らないということであり、真の課題を発見する取り組みを行うということです。真の課題を発見し、顧客にその課題を「気づかせ」営業を行うスタイルを、キーエンスでは「コンサルティング営業」と呼んでいます。
では、どのように「真の課題」を発見しているのかを見てみます。
営業と技術のミックスチーム、販売促進部
販売促進部が、営業と技術のミックスチームになっています。営業がキャッチした課題について、技術も一緒に既存客を訪問し、「現場を観察」することで、真の課題を見つけます。顧客がどのように仕事をしており、どこに無駄があるのか、また、「本当はこうしたいけれど」、設備の都合上それができないことは何か?などを観察します。キーエンスの営業は、この観察力を鍛えるために、トレーニングなどを受けています。
真の課題の発見に基づき、製品企画を行います。この時、なんでもかんでも製品企画にするわけではありません。「真の課題」をデータベースに登録しておき、これまでに収集した「課題集」の中から、どのような製品企画を立案すれば、より多くの課題を解決できるのか、優先度の検討が行われます。
製品を製造した後は、売らないといけません。キーエンスが優れているのは、顧客課題のデータベースを持っているため、「それを製品化したときに、どの程度売れそうか」という予測が、製品企画の段階である程度立つということです。
業界初を実現する、製品企画
販売促進部で作られた企画が、製品企画部に持ち込まれ、製品企画として検討されます。ここでは、その製品が「業界初」となるような機能の検討を行うことが求められます。製品は、製造することよりも、販売するほうが難しい。 「業界初」というのは、最もインパクトのあるプロモーション効果を得られます。他に競合製品がなければ、多少値段が高くても、キーエンスの製品を買うしかないからです。
(5)要素技術の開発/製品開発 (6)製造
製品開発のプロセスはあまり詳しく情報が表にでてきていませんが、要素技術は社内(または子会社)で開発し、製造は外部委託であるようです。
ファブレスであるということは、外部工場との関係性が重要です。この関係性構築のために行われていることの一つに、「支払いサイクルの短期化」があります。キーエンスの財務諸表を確認すると、買掛金の支払いサイクルは30日程度です。(逆に、売掛金の回収サイクルは3ヶ月ほどあります) 支払いを早くすることで関係性を良好に保つ狙いと考えられます。
技術が販売をサポート
製品ができたあとは、それを販売するためのプロモーションツールが必要になります。また、販売する営業マンには知識が求められます。それをサポートするのは、販売促進部の中の技術担当者です。社内勉強会を開催して製品を販売するのに必要な知識を提供したり、プロモーションツールの制作にも関与します。
ある顧客がキーエンスの製品を利用して生産性を向上した事例があれば、その事例もデータベースに保存され、似たような課題を持つ顧客へと横展開されていきます。
営業マンは、コンサルティング営業を通じて、顧客の真の課題を解決することに貢献します。コンサルティング営業のためには、自社製品の知識だけあっても足りません。競合製品やセンサー部品などの最新の知識を獲得するために社内で勉強会が開催されます。
このようにして、キーエンスは「真の顧客ニーズ」を製品化に繋げています。
・顧客課題を解決するために、現場観察を行う
・データベースを活用して営業の効率化を図り、時間を確保して勉強し、営業力を高める
・ある顧客の課題解決事例を、横展開で他の顧客にも実施していく
などは、ヒントになりそうですね。
印象としては、「営業マンがよく勉強してる」です。
一週間のタイムテーブルを見ると、週に3回と社内勉強会が開催されていました。
その時間を捻出できる効率的な営業プロセスが、やはり強みですね。
会社の歩き方「キーエンス」ダイヤモンド社
一橋ビジネスレビュー 2009 SPR 「キーエンス 価値創造による社会貢献をめざした経営哲学」
一橋ビジネスレビュー 2010 SPR 「生産財における意味的価値の創出」延岡健太郎 高杉康成
富士大学紀要 第51巻 第1号(2018) 「価値づくりを可能とする組織能力の検討」 相澤 鈴之助
Financial forum (2015) 「Special Interview イノベーションが日本を救う : 一橋大学イノベーション研究センターセンター長 延岡健太郎教授に聞く」
NIKKEI BUSINESS 1997年3月3日号「滝崎 武光氏 [キーエンス社長] 大企業の悪い面に学ぶ 将来考えぬ役員が規律乱す
NIKKEI BUSINESS 1998年6月22日号 「開発・生産とスクラム 連携プレー磨く三菱電機、キーエンス」
NIKKEI BUSINESS 2003年10月27日号「利益率40%驚異の経営 キーエンスの秘密」